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まわり道でも一番前

 なぜいきなりこんな記事を書こうと思い立ったのかというと、たまたまツイッターでサラッとある言葉を目にしたからです。完全に私の見解だし、たいした文章にはならないと思いますが、自分の意見をはっきりさせるタメにも作成してみます。

 

1.私のKAT-TUN

私はデビュー前からKAT-TUNに目をつけていた。“目をつけていた”って反感を買いそうな言い方だけど“好きだった”という単語は適切でない。経緯はいろいろあるんだけど今日は私の堕ちた経緯なんてどうでもいい。つまり言いたいのは私が好きになった時のKAT-TUNは[6]だったってこと。さらに12年間のKAT-TUN担歴の中で長いのも[6]の時代だ(現時点で)。

 

2.担当

ツイッターを見てくれている方々は私のことを上田担だと信じて疑わないだろう。いや、そうであってほしい。もしバレていたら本当にすごい。私の発言を隅々まで分析してる…?何バレるだの分析だの言ってるかというと、じつは私は元赤西担である。KAT-TUNに堕ちたのも赤西仁というあの男がきっかけ。や、きっかけどころじゃない、確実な原因だ。だから仁の脱退が決まったとき、この上ないショックを受けた。KAT-TUNに残るか自体かなり悩んだ。私の生活の中に本来ならなくてもいい闇を落とされたように、落ちこんだ。気持ち悪いと思われるかもしれないが、生まれてはじめて自分の努力じゃどうにもならないことがあると突きつけられた。いや別に今日は仁の話をしたいわけじゃないんだ(笑)

結論だけまとめると仁とはさようならした。かっこいいと思うけど彼のライブはKAT-TUNとは別の物で、私は後者だけが好きだった。私が好きだったのは「KAT-TUNのAである赤西仁」だった。それに気づいたのは2010年の Yellow Gold Tour 3011。

それからずっとKAT-TUN担だった。うえだくんに一目惚れしたのは KAT-TUN LIVE 2015 “quarter” in TOKYO DOME。一瞬で恋におち、同行者曰くわたしが「恋におちる音がきこえた」らしい。今は本当に心から彼の幸せを願っている。うえだくんの顔と声と身体と(ん?)中身とセンスといままでが大好きだ。

まあ6年前の自分にひとつ言っておくべきことがあるとすれば「KAT-TUNという船を降りなかった選択は正しい」だろう。

 

3.本題

[4]や[3]から好きになったファンが多いことを知ってる。(もちろん[5]も。)私自身KAT-TUNは世界一のグループだと本気で思っているし、世の中に自慢したいし、ただのファンながら誇りに思ってる。だからご新規さんだろうが、懐古厨だろうが、出戻りだろうが彼らを好きな人には変わりないというスタンスだ。どの時点からでもファンを増やしているのは、なにより彼らの努力の結果。

でも、でもという接続詞で正しいのかわからないが、[6]や[5]の時代は好きじゃない、ATTは嫌い、それらが好きなファンが嫌い、という人をツイッターでたくさん見つけてしまった。寂しい、ただそれだけ感じた。そういう人を否定したいとかじゃなくて寂しい。

でも事実は事実で変わらなくそこにあり続けるし、彼らを好きになった以上避けられない。だから好きな人たちの嫌いな歴史があっても、例えば自分が知る前の曲だけでも、自担が昔でてたドラマだけでも、ちょっとだけみてほしい。知ってほしい。好きにならなくてもいいから、嫌いな部分に触れなくてもいいから。彼らはずっとトップアイドルだった、すばらしいかっこよさだったって知るチャンスを逃さないでほしい。

 

アイドルが好きって、ひとりの人間が好きってことだから。彼らも例外なく、年を重ねるごとに成長する人間だから。だから彼らの歩んできた歴史をされるのは寂しい。だって人間のスタートは生まれた時でしょ。

 

そしてできればそういった考えの方を否定しないでほしい。「ATTが嫌いなんて、オーラスでカメの言ったことを理解していない」というような意見もみた。わからなくないけれど、そんなことでファン同士ぶつかるなんてもったいない。6,5,4,3全部KAT-TUNだから。私は単純にたのしくヲタクをやりたい。楽しいヲタクでありたい。だったらこんな記事を書くな、って話かもしれないけど。あ〜〜伝われ!笑

みんな純粋に、ただ単純に自担とそのグループを愛してほしい。きっと彼らは、我らのトップアイドルは世界を平和にしてくれる。

 

ひとりごとでした。

私は今日もうえだくんが大好きだ♡